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星間ブリッジ (4) (ゲッサン少年サンデーコミックス) コミック – 2018/6/12
きゅっきゅぽん
(著)
終戦。そして二人は――…
日に日に悪くなっていく戦局。
上海に住む日本人たちも
中国人と一緒に暮らすことは許されなくなる。
そして…終戦の日。
追い詰められたハルの前に現れたシンは――…!?
日に日に悪くなっていく戦局。
上海に住む日本人たちも
中国人と一緒に暮らすことは許されなくなる。
そして…終戦の日。
追い詰められたハルの前に現れたシンは――…!?
- 本の長さ200ページ
- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2018/6/12
- ISBN-104091283063
- ISBN-13978-4091283061
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年8月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読んでいて涙が止まりませんでした。素晴らしい作品でした。感動しました。
2018年7月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
凄い作品でした。しかし論評が難しい部分もあります。過去と記憶と作品化(漫画化or脚色化)いう、史実論争や脚色論争に陥りがちな内容を扱っているからです。私は変な論評しか書けそうにありません。どうして他の人は書いてくれないのでしょう。そうすれば、私は、そのレビューに不足していると思われる部分を付け足すだけでよかったのに。だいぶ待った(つもり)なのですが、なかなか誰も書いてくれないので、書きます。
率直に言うと、若手の漫画とは思えないほどの完成度です(著者の祖母が語り部(原作者・体験者)であることも大きいのだろうけど)。絵柄については古く感じられる部分もあります。比較すれば全然違うのですが、1970年代に活躍した男性漫画家(ちばてつやとか手塚治虫とか)の雰囲気やタッチが、特にこの4巻はします。
もっとも印象に残ったのは、
・上海で長崎の原爆の閃光と思われるものを見た場面
・空襲で銃撃される場面(私の母の話とあまりに似ています)
・中国人に対する差別や好戦意識のない、特に愛国心が強いわけでもない主人公が、「お国のため死ぬことがいいことなんだ」「美しく死のう」「最後のひとりになっても戦う」と必死になってしまう場面
・戦勝を喜ぶ中国人大衆と、多くの散っていった人々(日本人も中国人も)の姿を背景に、「なんのための戦争だったのか」と主人公が泣き崩れる、この二つの場面それぞれが数頁を置いて見開きで描かれている場面。実に劇的な効果を生んでいます。
・第一巻はじめの方で、中国人側の主人公の少年シンに連れられてはじめて上海の街を散策した場面と対になるかのように、本巻ラスト近くで再会した二人が、再び戦後の上海の街を駆け抜ける場面
二巻のレビューで「上海の街の日常生活が描けていない」「二時間ドラマ」との指摘があります。私は、これについては、祖母の経験の語りが原作であり、街の描写の浅さは、一、二巻当時は小学生で、描写が子供目線の記憶であることに原因があるのではないかと思います。寧ろ、街の様子が自分が見たものしか書いてないゆえに、作者の祖母の体験記としてのリアリティを感じます。しかしながら、第四巻では、再会するまで消息不明だった中国人少年のエピソードが加えられており、この部分が少し二時間ドラマ的に感じられます。本巻の中国人少年の場面と主人公の場面では、リアリティの差が明白であるからです。
そうして、これから酷いことを書きます。
私には、中国人少年シンは、既に亡くなっているか、結局消息不明だったのではないか、との印象を受けてしまいました。本巻での再会は、実は主人公の幻影だったのではないか?とさえ思えてしまいました。仮に、彼と再会できていて、36年後(1981年頃?)に再会できたのであれば、もう少し戦後のエピソードを入れて欲しかったところです。正直なところ、幻影オチの方がはるかにリアリティがありそうに思えました。しかし逆に、再会し、更に36年後にもう一度再会したという、メロドラマ的なエピソードをあえて入れてきたのはやはりそういう実話もあったからなのか?(当然ながら、当時多数の日本人が上海に住んでいたのだから、そういうケースもあったはずである)、それとも少年誌だからあえてメロドラマ的にしてきたのか?等色々想像してしまいました(そもそも連載誌が少年向けの雑誌だそうなので、こんな大人がレビューを書いていたりしてはいけないような気もします、、、ごめんなさい)。
最後に。私はこういう作品は、もっと増えて欲しいと思っています。日本でも中国でも。どこの国でも。戦争に限らず、ネット時代到来前の高齢者の方々では、ブログ等で昔の話を発信している人は稀だからです。少し話がそれますが、私の母と父では、戦争体験はまったく異なります。何度も空襲にあい、隣を走って逃げている同級生が射殺されるなど、何度も死線を潜り抜けている母と、予科練にいったものの、本土で訓練兵で終わり、空襲をうけたことがない父とでは戦争体験はまるで異なります。しかしどちらも当時を生きた人の記憶です。実家で母が戦争体験の話をはじめると、父は嫌がります。大変な戦争だったのにのんびりした記憶しかない父には凄惨な母の体験にコンプレックスを持っているようなのです。しかしそんな父の記憶も歴史の一部です。また、記憶がいつも正確とは限りません。故意に意図があって虚構を混ぜる人もいるかも知れません。美しい物語にしてしまう人もいるかもしれません。忘却したい人もいるかも知れません。しかし情報が少ないよりは多い方がましです。最近読んだ歴史学方法論の本(『 過去と歴史: 「国家」と「近代」を遠く離れて 』によると、英国では歴史学の分野として認知されているファミリーヒストリーという分野が日本ではほとんど認知されていない点が指摘されていました。本書は非常に広い意味で、このファミリーヒストリーに含まれるのではないかと思います。
最後といいながらもうひとつ。p54で、「祖国日本のために働く!それはカッコ良く思えました」「「お国のために」これさえ唱えれば余計なことを考えずにすむ・・・ただひたすらに、そうやって頑張ればいいんだ・・・!努力はきっと報われる・・・だから日本が負けるハズないんだ・・・!」
このセリフの「お国」だけではなく、「祖国日本」「お国」を「会社」に置き換えれば、この心理、及びこの心理に付け入る現象は、現代社会でもあちこちで見られるように思えます。しかし、ひとつだけのアイデンティティーに傾注してしまうことは、個人でも集団でも、大きな危険があるのは本書で示されている通りです。国家や企業や職業等をアイデンティティーのひとつとするのは基本としても、同時に他にもいくつものアイデンティティーを持ち、多元的に生きること、そうして、別の次元からものごとを眺められるようにしておくことが、生存戦略として重要だと思います。
作者の今後の作品にも期待します。
※『 南京路(ロード)に花吹雪 (第1巻) (白泉社文庫) 』もお奨めです。
率直に言うと、若手の漫画とは思えないほどの完成度です(著者の祖母が語り部(原作者・体験者)であることも大きいのだろうけど)。絵柄については古く感じられる部分もあります。比較すれば全然違うのですが、1970年代に活躍した男性漫画家(ちばてつやとか手塚治虫とか)の雰囲気やタッチが、特にこの4巻はします。
もっとも印象に残ったのは、
・上海で長崎の原爆の閃光と思われるものを見た場面
・空襲で銃撃される場面(私の母の話とあまりに似ています)
・中国人に対する差別や好戦意識のない、特に愛国心が強いわけでもない主人公が、「お国のため死ぬことがいいことなんだ」「美しく死のう」「最後のひとりになっても戦う」と必死になってしまう場面
・戦勝を喜ぶ中国人大衆と、多くの散っていった人々(日本人も中国人も)の姿を背景に、「なんのための戦争だったのか」と主人公が泣き崩れる、この二つの場面それぞれが数頁を置いて見開きで描かれている場面。実に劇的な効果を生んでいます。
・第一巻はじめの方で、中国人側の主人公の少年シンに連れられてはじめて上海の街を散策した場面と対になるかのように、本巻ラスト近くで再会した二人が、再び戦後の上海の街を駆け抜ける場面
二巻のレビューで「上海の街の日常生活が描けていない」「二時間ドラマ」との指摘があります。私は、これについては、祖母の経験の語りが原作であり、街の描写の浅さは、一、二巻当時は小学生で、描写が子供目線の記憶であることに原因があるのではないかと思います。寧ろ、街の様子が自分が見たものしか書いてないゆえに、作者の祖母の体験記としてのリアリティを感じます。しかしながら、第四巻では、再会するまで消息不明だった中国人少年のエピソードが加えられており、この部分が少し二時間ドラマ的に感じられます。本巻の中国人少年の場面と主人公の場面では、リアリティの差が明白であるからです。
そうして、これから酷いことを書きます。
私には、中国人少年シンは、既に亡くなっているか、結局消息不明だったのではないか、との印象を受けてしまいました。本巻での再会は、実は主人公の幻影だったのではないか?とさえ思えてしまいました。仮に、彼と再会できていて、36年後(1981年頃?)に再会できたのであれば、もう少し戦後のエピソードを入れて欲しかったところです。正直なところ、幻影オチの方がはるかにリアリティがありそうに思えました。しかし逆に、再会し、更に36年後にもう一度再会したという、メロドラマ的なエピソードをあえて入れてきたのはやはりそういう実話もあったからなのか?(当然ながら、当時多数の日本人が上海に住んでいたのだから、そういうケースもあったはずである)、それとも少年誌だからあえてメロドラマ的にしてきたのか?等色々想像してしまいました(そもそも連載誌が少年向けの雑誌だそうなので、こんな大人がレビューを書いていたりしてはいけないような気もします、、、ごめんなさい)。
最後に。私はこういう作品は、もっと増えて欲しいと思っています。日本でも中国でも。どこの国でも。戦争に限らず、ネット時代到来前の高齢者の方々では、ブログ等で昔の話を発信している人は稀だからです。少し話がそれますが、私の母と父では、戦争体験はまったく異なります。何度も空襲にあい、隣を走って逃げている同級生が射殺されるなど、何度も死線を潜り抜けている母と、予科練にいったものの、本土で訓練兵で終わり、空襲をうけたことがない父とでは戦争体験はまるで異なります。しかしどちらも当時を生きた人の記憶です。実家で母が戦争体験の話をはじめると、父は嫌がります。大変な戦争だったのにのんびりした記憶しかない父には凄惨な母の体験にコンプレックスを持っているようなのです。しかしそんな父の記憶も歴史の一部です。また、記憶がいつも正確とは限りません。故意に意図があって虚構を混ぜる人もいるかも知れません。美しい物語にしてしまう人もいるかもしれません。忘却したい人もいるかも知れません。しかし情報が少ないよりは多い方がましです。最近読んだ歴史学方法論の本(『 過去と歴史: 「国家」と「近代」を遠く離れて 』によると、英国では歴史学の分野として認知されているファミリーヒストリーという分野が日本ではほとんど認知されていない点が指摘されていました。本書は非常に広い意味で、このファミリーヒストリーに含まれるのではないかと思います。
最後といいながらもうひとつ。p54で、「祖国日本のために働く!それはカッコ良く思えました」「「お国のために」これさえ唱えれば余計なことを考えずにすむ・・・ただひたすらに、そうやって頑張ればいいんだ・・・!努力はきっと報われる・・・だから日本が負けるハズないんだ・・・!」
このセリフの「お国」だけではなく、「祖国日本」「お国」を「会社」に置き換えれば、この心理、及びこの心理に付け入る現象は、現代社会でもあちこちで見られるように思えます。しかし、ひとつだけのアイデンティティーに傾注してしまうことは、個人でも集団でも、大きな危険があるのは本書で示されている通りです。国家や企業や職業等をアイデンティティーのひとつとするのは基本としても、同時に他にもいくつものアイデンティティーを持ち、多元的に生きること、そうして、別の次元からものごとを眺められるようにしておくことが、生存戦略として重要だと思います。
作者の今後の作品にも期待します。
※『 南京路(ロード)に花吹雪 (第1巻) (白泉社文庫) 』もお奨めです。
2018年7月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
漫画是不错,但是最后分别那场面,要是那些中国人敢这么着和日本人告别,准会被当成汉奸枪毙。
本来你被日本人雇佣,在那种历史条件下就会被认为是汉奸,还不赶紧躲着,还敢凑上前去告别,这在现实生活中是不可能发生的。
本来你被日本人雇佣,在那种历史条件下就会被认为是汉奸,还不赶紧躲着,还敢凑上前去告别,这在现实生活中是不可能发生的。